you and shadow story 08 – 朝

春の土曜日
空気の澄んだ朝が
軽妙な音楽とともに
やってくる
朝食の支度をする為に
早起きをすると
リビングのソファに
あなたが沈みこんでいる
産まれたての光線を
一身に浴びて
半透明にすけている
あなた
おはよう
あなたは
冬眠からさめた
小熊のように
むっくり身体を起こして
二度瞬きをする
少しだけ 間が 空いて
私たちの空間を
光が潜り抜けていく
あなたは
パジャマの襟を整える
朝のお手伝いをしたい
洗い物をしている
私の隣に
あらわれた あなたは
汚れひとつない
真っ白なワンピースを
頭から すっぽり
かぶっている
キッチンに
音が
混じり合う
水が流れる音
レタスが弾ける音
規則的な呼吸音
手で触れたら
あなたは
シャボン玉のように
消えてしまいそうだ
あなたは
遠慮がちにことばを放つ
ことばが空間で
どのように
反響するのかを
確かめるみたいに
もしも 大切な人が
電話も 手紙も 届かない 
とても遠いところへ行って
もう
その人には 会えなくて
それでも
お話をしたい
と思ったのなら
どうしたらいい
皮を剥いた
じゃがいもを
圧力鍋に入れて
火をつける
5分間経ったら
火を止めて
会う方法を知っている
慣れればとっても簡単なこと
静かな場所で 目をつぶって
大切な人を思い浮かべる
どんな笑い方をするのか
どんな表情をつくるのか
どんな話し方をするのか
アクセントはどうだっただろうか
あなたは
火にかけられた鍋を
じっと見つめる
亡くなった祖母の話をする
これまで交わしたことば
あなたが生まれたこと
家族に起こったこと
良きことや悪しきこと
あなたは火を止める
私は茹でたじゃがいもをボウルに移す
それからあなたにフォークを渡す
これで潰すのよ
フライパンに
卵を落とす
何かが生まれるような
小さな破裂音
キッチンに
音が乱れ飛ぶ
影が消える
知らないあいだに
どこかにいなくなった
卵焼きを仕上げながら
パンを三切れ
オーブントースターに入れる
誰にでも
大切だった人に会うための
特別な場所がある
私は
森をいつも思い浮かべる
森の中を進むのはコツがいる
慣れないと
迷子になってしまう
だから
少しずつ進んで引き返す
何度も行き来していると
森にも自然に道ができる
道ができたら
自分だけの目印をつけよう
そうしたら
森の奥まで行くことができる
森の奥は
とても静かで 誰にも
邪魔されない場所がある
きっと あなたに
ふさわしいものがあるはず
ダイニングテーブルに
朝食が
すべて揃う
私は あなたの
透き通るような前髪を
かき上げて
指先で眉毛をなぞる
お寝坊さんを起こしてきて
あなたは
小鳥のような
鳴き声をかすかにあげて
私たちの
寝室へ向かう

 
 
 

Story: Arata Sasaki (HP / Instagram)
Illustration: Emi Ueoka (HP / Instagram)

 

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