you and shadow story 04 – 子ども

春の光が
地に
騒然と満ちる
いつもより
少しだけ遅く起きて
朝食の準備をする
パンを焼く
ハムエッグを作る
あたたかいコーヒーを淹れる
あなたには冷たいミルクを注ごう
私たちはテーブルに座り
天窓から溢れる光と
食卓から昇るけむりが
混じり合うのを目で追う
聴覚は
あなたが
眠っている
個室へ
あなたの気配は
感じられない
私は立ち上がり
あなたの部屋の
ノブにふれようとする
内から力が加わる
扉が音もなく引かれる
パジャマのまま
熊のぬいぐるみを抱いて
あなたが立っている
表情は虚ろで
眠たげな瞳が
転がっている
そこに
立っているのは
たしかにあなた
けれども
以前までのあなたとは
何かが異なっている
そこに肉体は
あるのだけれども
どこか漂白されている
おはよう
言葉は
戻ってこない
あなたはゆっくり
階段を降りて
食卓の椅子に座る
そして
整然と並べられた朝食を
無表情で眺める
どうしたの
声には反応せず
黙々と食事をして
ふいに立ち上がり
ふらふらとした足取りで
個室へ戻っていく
しばらくして
あなたの 小さな寝息が
聴こえてくる
庭の雑草除去を終えて
炭酸水を飲みながら
短い休息をとっているとき
パジャマ姿の
あなたが ふたたび
部屋から降りてくる
宙を漂うように音もなく
腕には
熊のぬいぐるみ
小さな頃に
親友から譲り受けた
黒い熊
いくたびも
修繕がなされてきた熊は
あなたの涙を大量に吸収し
くたくたになっている
あなたは
地上数センチメートル上を
漂うように歩行し
倉庫からダンボールを持ち出すと
熊のぬいぐるみを放り投げる
それから
あなたの部屋にある
幼少期から大切にしてきたものを
次々にダンボールへ放り込んでいく
あなたの細い腕を掴み
椅子に座らせる
それから
頬にふれて
虚ろな瞳に語りかける
これは
あなたにとって
大切なものでしょう
あなたは
答えない
部屋に戻り
ぴしゃりと
扉が閉じられる
私たちは
死んだような静けさの中で
あなたの気配を探る
耳を澄まして
ようやく
時間と空間が溶けあったころ
その小さな寝息に
たどり着く

 
 
 

Story: Arata Sasaki (HP / Instagram)
Illustration: Emi Ueoka (HP / Instagram)

 

you and shadow story 01
you and shadow story 02
you and shadow story 03
you and shadow story 04
you and shadow story 05
you and shadow story 06
you and shadow story 07
you and shadow story 08
you and shadow story 09
you and shadow story 10
you and shadow story 11

Leave a Comment