you and shadow story 04 – わたしたちの子ども

春の光が地に騒然と満ちる土曜日の朝
わたしたちは 少し遅く起きて 朝食の準備をする。
パンを焼き ハムエッグを作って コーヒーを淹れる。
わたしたちはテーブルに座り
天窓から溢れる光と食卓から昇る煙が
混じり合うのを追いながら
あなたが眠っている個室に声をかける。
部屋からあなたは出てこない。
痺れをきらしたわたしはあなたの部屋の
扉のノブに触れようとする。
触れた直後に内側から力が加わり
扉が音もなく引かれる。
扉の向こうにはあなたが立っている。
パジャマのまま 熊のぬいぐるみを抱いている。
あなたの顔を覗き込む。
まだ眠りから完全に覚めていないのか
表情は虚ろで 眠たげな瞳が転がっている。
そこに立っている姿形はたしかにあなた。
けれども昨日までのあなたとはどこかが違って見える。
肉体はあるのだけれどもどこか薄まっている印象。
おはよう 具合でも悪いの と声をかける。
あなたはかすかに首を横にふる。
あなたはリビングまでゆっくりと降りてきて
食卓の席に座り 並べられた朝食を眺める。
どうしたの? わたしたちの声に反応もせず
黙々と食事をするとふいに立ち上がり
夢遊病者のようなふらふらと個室に戻っていく。
午前中あなたの個室をふたたび訪ねると
あなたは小さな寝息を立ている。
新しい環境 新しい友人たち
馴れるのに大変で少し疲れているかもしれない
とわたしたちは考える。
両親に言いたくないことも
少しずつできる年頃かもしれない。
小さな頃に親友を失って
自分を押し殺すことが上手になってしまったから。
わたしはあなたのおでこに手を当てて
熱が出ていないことを確認すると
頬にキスをして声をかける。
ゆっくり休みなさい。
わたしたちが庭の雑草除去を終えて
炭酸水を飲みながら短い休息をとっている時
あなたはパジャマのままふたたび部屋から降りてくる。
相変わらず焦点が定まらない目で
漂うように音もなく歩く。
腕には熊のぬいぐるみが抱えられている。
小さな頃に親友からプレゼントされた黒い熊。
あなたはそれを宝物のように大切にしてきた。
いくつかの箇所が擦り切れて
その度にわたしたちの手で修繕されてきた熊は
あなたの涙を大量に吸収し
少し湿ってくたくたになっている。
あなたは地上から数センチ上を漂うように歩き
倉庫からダンボールを出してくると
熊のぬいぐるみを入れる。
それからあなたの部屋にある
幼少期から大切にしてきたものを運んで
次々のダンボールに放り込んでいく。
わたしたちは 何かに取り憑かれたような
あなたの姿に呆気にとられてしまう。
どうしたの と尋ねても
あなたは聴こえないのかまともに答えを返さない。
わたしたちはあなたの細い腕を掴み
無理やり椅子に座らせる。
それから 頬に触れて 虚ろな瞳に語りかける。
これはあなたにとって大切なものでしょ。
もう必要なくなってしまったの?
あなたは答えない。
わたしと視線を交わせることなく立ち上がり
ダンボールを倉庫に持っていく。
それからあなたは部屋に戻り
ぴしゃりと扉が閉じられる。
わたしたちは死んだような静けさの中で
あなたの気配を探り 耳を澄まして
ようやくその小さな寝息にたどり着く。

 
 
 

Story: Arata Sasaki (HP / Instagram)
Illustration: Emi Ueoka (HP / Instagram)

 

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