身体を一サイズ
小さくさせるような
冷たい雨が降る
影たちは
部屋の中で
蠢きあって
何かを恐れるように
群れをなしている
転がっていた花瓶を
雨水で洗い
ライラックの花を挿す
それから
スケッチブックを開き
絵を描く
記憶と感情が
絡まりあって
絵の中の影が
夢遊病者のように
歩き出す
わたしは
名もなき影と共に
散歩に行く
わたしたちは
言葉を飲みながら
黙々と歩く
広い湿地帯に出ると
名もなき影が
声を出す
みんなとても怖いんだ
太陽は雲に隠れて
光は乏しい
僕たちは薄くなって
消えてしまう
そんな状態では
足をとられて
沼に落ちる
影たちは お互いを
監視するかのように
一塊になる
誰ひとり
深く 眠ること
なんてできない
離れたら きっと
消えてしまうから
沼に落ちて
消えてしまった影たちを
何人も見てきた
ひとりになるのは
いつだって怖い
光を失うと
記憶だけではなく
あらゆる感情も薄くなっていく
嬉しいとか 悲しいとか
怒りとか 何もかも
ひとりぼっちになって
誰にも見えなくなってしまう
ここには
生身の人も
たまにやってくる
でも
大抵の人は
いつの間にか
身体を失い影となる
影の塊と一緒になって
名も 記憶も 感情も
忘れてしまう
僕も
そうだったのかもしれない
交わされた言葉は
決して
多くはない
どのような色が好きで
どのような言葉が好きで
どのような瞬間が好きか
わたしは
名もなき影が
沼に落ちていくのを見る
巨大な沼の上に
顔だけ出している影
その表情は安らかで
眠りに落ちているように見える
わたしの
言葉は
決して届かない
名もなき影が沈んだ沼に
ライラックの花束を
浮かべる
花束は
空っぽの胃袋のような沼に
音もなく消えていく
いつの間にか
降り続いていた
冷たい雨が上がり
厚い曇天が
綺麗に磨いた鏡のような
晴天となる
淀んでいたいくつもの沼は
地上を洗浄するかのような
輝きに満ちた太陽によって
目も眩むような光る湖のようになり
水煙が陽炎のようにゆらゆらと
天に駆け上っていく
Story: Arata Sasaki (HP / Instagram)
Illustration: Emi Ueoka (HP / Instagram)