you and shadow story 02 – あなたと白い影

あなたは すぐにベッドに潜りこめるように パジャマのまま出発した。
必要なものは すべてリュックサックに詰め込んだ。
小さなテント 水筒 懐中電灯 サンドウィッチ ビスケット。
初めての冒険は順調に滑り出した。
空は絵画世界のようで 小さな真珠のような星々が あなたの旅を祝福しているように思えた。
ところが一つ目の山を登り始めた頃 ふいに懐中電灯の灯火が点滅しだして消えてしまっていた。
あなたを包んでいた高揚感は儚くも消え去り 深いかげりを帯びた闇に襲われた。
高い木々に覆われた山は死者のような静けさで 足元を照らす出すのは 線のような頼りない月明かりだけ。
あなたは何度も家の方を振り返ったが もう何も見えなかった。
月が消えてあたりは完全な闇に染まった。
あなたは急に隔てられた世界に足を踏み入れたような気がした。
うずくまり親友から教わった短いおまじないを呟いた。
内なるところから あなたの言葉を復唱する声を聴き 驚いてぱっと顔をあげた。
目の前には小さな月光のたまりがあり その中心にあなたの背丈と同じくらいの ぼんやりと光る白い影があなたを見つめていた。
白い影は ゴーストのようにゆらゆらと揺れて 大きな両目は新月のようにらんらんと輝いていた。
「誰? どうしてわたしたちの秘密のおまじないを知っているの」
白い影は輝きを帯びた瞳で あなたをしっかりと見つめた。
そして たっぷり時間をかけて 丁寧に言葉をついだ。
─ あなたを探していました ─
白い影は一種の啓示に満ちた悲しい笑みをこぼした。
─ 私はあなたの影をよく知っています。
どうしてあなたから影が去ったのかも ─
あなたは驚いて まじまじと白い影を見た。
「どうしてわたしの影を知っているの?」
あなたは声は性急だった。
白い影は嫌な顔ひとつせず ゆっくり答えた。
─ 私と影はずっと一緒でした。
でもいつしか私が寝ると 影が起きて 影が寝る時 私が起きるようになりました ─
「仲が悪くなってしまったの?」
あなたは不可解な心持ちで尋ねた。
─ いいえ 決して仲が悪い訳ではありません。
わたしたちは最初から離れていくのが決まっていました ─
「わたしと影もいつの間にか離れてしまったの。
小さな頃は影とよく遊んだのに。
影絵をしたり 影踏みをしたり。
でも 何も言わずに わたしの前から消えてしまった。
影はわたしのこと嫌いなったのかな?」
白い影は首を横に振った。
─ いいえ 影はずっとあなたことを気にかけていました。
決して嫌いになった訳ではなくて あなたことを待っていたのだと思います ─
「待っていた? わたしから逃げたのに」
─ 影は影なりに理由があると思いますよ。
そもそも影は言葉を話しません。
あからさまに訴えるということもないから その理由は自分の心の中で見つけるしかありませんが。
いずれにせよ理由もなく消えることはないので あなた自身でその理由を探して欲しいのです。
きっと影はもう逃げないと思いますから ─
白い影はそう言うと ふいに闇の中に滑り込んで姿を消した。
辺りは再び闇に包まれた。
「ねえ どこに行くの?」
あなたは不安になり声をかけた。
長い沈黙を経て やがて耳元で囁くような声がした。
─ どこかになんて行きません。
わたしはあなたの内に眠るもうひとつの影。
逃げ出した影の片割れであり あなたの内でわたしは培われてきました。
だからわたしを忘れなければずっと傍にいます。
もしも呼びけても現れないようであれば
その時はわたしが必要ないということ ─
「わたし 自信がないの。
もうどこか遠い世界に足を踏み入れたような気がして」
あなたは暗闇の中で震えながら言った。
─ 今日という日 あなたは初めて 自分の決意で冒険に出ました。
その決意によって あなたの内で眠っていたわたしが揺り起こされました。
あなたは小さな頃から自らの内に わたしたち影の居場所を用意してくれて わたしたちはそこで一緒に育っていきました。
もちろん あなたは無意識だったでしょうけれども。
つながりはずっと意識の底の方にしみこんでいます。
たしかに今は 影が逃げて一時的にその繋がりがほころびを見せてはいますが わたしの姿が見えて 声が聴こえるということは わたしたちが正しく育ってきた証。
これから先 あなたが見る世界は これまでの世界とは少し異なるものかもしれませんが 何も畏れることはありません。
もちろん 苦しむことも 悲しむことも あるかもしれませんが わたしも あなたと同じように戦います。
これは わたしたちの冒険でもあるのです ─
白い影の声が吸い込まれるように消えていき 代わりに樹々の隙間から淡い月明かりが落ちてきた。
あなたはその光をたよりに歩き始めた。
そして 白い影にもう一度声をかけた。
返事は戻ってこなかった。

 
 
 

Story: Arata Sasaki (HP / Instagram)
Illustration: Emi Ueoka (HP / Instagram)

 

you and shadow story 01
you and shadow story 02
you and shadow story 03
you and shadow story 04
you and shadow story 05
you and shadow story 06

Leave a Comment