you and shadow story 06 – 影のたまり

瑞々しい朝が
乾いた夜を漂白する
光のつぶだちを
捉えようと
瞬きをした
わたしの目の前で
白いライラックの花束が
揺れている
手にとって
リュックサックの
小さなポケットに
差し込む
心持ちは
晴れやかで 自然に
陽気なハミングがこぼれる
さびしい林を抜けて
色あせた草原を横断すると
霧に覆われた深い谷の底に出る
谷の入り口には
薄汚れた見張り塔があり
白髪の老婆が
わたしを見つめている
老婆が
手招きをして
囁きかける
ここには
何をするでもなく
死んだように横たわる影
呆然と立ち尽くす影
夢遊病者のように歩き回る影がいる
哀れな影たちは
一生 自分が何者かも
知らずに死んでいく
老婆から離れて
椅子に腰掛けている影に
声をかける
わたしは
影を探しにきた
影は
わたしをじっと見つめて
何かを思い出そうとする
私は
帰る場所を
忘れた影
ここに
長くいては
いけない
影は
椅子から立ち上がり
わたしを
置き去りにして
群れから離れる
そうして
だいぶ離れた頃に
ふりかえる
もう思い出せない
あなたによく似た影が
いたかもしれないし
いなかったかもしれない
いずれにせよ
もしも
あなたに帰る場所が
あるのなら
戻るべきだ
ここでは
何もかも
忘れてしまう
あなたも
わたしも
ぼくも
あの人も
誰もが忘れてしまう
すべて

 
 
 

Story: Arata Sasaki (HP / Instagram)
Illustration: Emi Ueoka (HP / Instagram)

 

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