絵本『の』

 『の』は、福音館から出版されている junaida (ジュナイダ)さんの絵本です。
 『の』の素晴らしさのひとつは完成されたイラストレーションが挙げられます。本書の中には、さまざまな世界が織りなされているのですが、どの世界も確かにこの惑星のどこかで息づいているような不思議な力を持った絵が描かれています。もちろん、絵の美しさだけではありません。本書の特長は、何といっても連想ゲームの楽しさと構成のうまさだと思います。
 連想ゲームは、ことば遊びとして機能していて、心地よい独特なリズム感があります。junaida さんは (本名は存じていないのですが、きっとアナグラム的 *1 な遊びでペンネームを付けたような感じもありますし)、絵を描くことと同じように、ことばも大好きなのではないでしょうか。本書のことばの連なりも美しく、たどっていけば美しい詩のような作品になりそうです。

 

 「わたしの お気に入りのコートの ポケットの中のお城の いちばん上のながめのよい部屋の 王さまのキングサイズのベッドの─」(文中より抜粋)

 

 構成のうまさも素晴らしい点として挙げましたが、通常の物語のような起承転結がないのところも本書の特長です。「わたしの お気に入りのコートの」というかたちで物語がはじまり、ことばたちが「の」という助詞よってつながっていきます (「王様のキングサイズのベッドの」→「シルクのふとんの海の船乗りたちの」のように文章が完結しない) 。「の」が別々の世界の橋渡しとなり、本書のテーマが非常に奥深いものになっています。
 メッセージは明確なかたちで書かれていませんし、さまざまな捉えかたができる開かれた絵本だとは思いますが、わたしは本書から、人どうしの関係性が希薄になって、それぞれが分断されゆく現代世界でも、内なる旅 (自分の心の中でつぐむ想像の物語) をすることによって、各々の世界をつなぐことができるんだ、という力強いメッセージを受け取ったように思います。
 日本語の助詞としての「の」は、そもそも所有をあらわすものであり、わたしという「個」と何かの「関係性=つながり」をしめすものでもあります。これは言い換えると、ことばとことば、人ともの、人と人、あるいは人と世界のすきまを埋めて、「関係性=つながり」を作ること。本書『の』では、このつながりが一見無関係なものでも、想像というつよい力を持って、連想ゲームのようにどんどんつながり生み出していきます。「わたし」には関係ない、と分断を深めるこの世界とは全く逆のアプローチで世界のさまざまなものを「わたし」に属するものとして関係性をつむいでいくのです。
 無関係に見えるそれぞれの世界がつながっていくのを見ているだけで楽しい気持ちになるのですが、わたしはラストがとても好きです。冒頭の「わたしの」から始まり、ラストは「わたし」で終わる。ロープの端と端を結んで輪(ループ)にするような円環構造になっていて、どれかひとつでもその世界が途切れてしまえば、再び「わたし」にはたどり着かないという構成になっています。この構造は、あなたがどこかの世界を汚したり、抹殺すると、必ず「わたし」に何らかのかたちで影響が及ぶという、自然世界の基本的なルールのようなものが描かれているように思います。わたしはこのつながりから温暖化や気候変動など、わたしたち地球が抱える共通の問題を思い浮かべました。
 おそらく、junaidaさんがつくりあげる世界観を、子どもたちはすっと受け入れると思うのですが、ある程度の大人が見れば、胸が痛くなるような哲学的なメッセージとして受け止めるのではないかと思います。子どもの頃に信じていた、想像世界とのつながりがこの絵本では描かれている。
 わたしのイメージでは、平面世界で横にスライドしながら動いていく物語絵本とは違って、内にうちに潜っていく立体的な絵本 (ポップアップ絵本のような物理的な立体絵本ではなく、精神的な立体絵本) という印象がとても強いです。それは、いつの間にかふっと世界を上から見下ろすような視点に急に立たされるからかもしれません。遠い地球の裏側にいる人に想いを馳せることができるような、やっぱりどこかでわたしたちは繋がっているのだ、とそう信じることができる力が宿った作品です。
 きっと本書の内的な旅から戻ってくると、いま見えている世界が以前の世界とは少し違って見えるようになると思います。

 

(文 佐々木 新)

 

junaida 『の』
出版社 | 福音館書店
サイズ | 23.1 x 17.8 x 0.9 cm
https://amzn.to/2SbzR2v

 

*1 アナグラム(anagram):
言葉遊びの一つで、単語または文の中の文字をいくつか入れ替えることによって、全く別の意味にさせる遊び

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