when I was a child 02 – 絵本の記憶

 僕が小さかった頃の話をしたいと思います。幼少の頃どのように育てられたか、その原体験の中に、今後の子育てのヒントがあるかもしれないと考えたからです。
 思い出すといってもやはりきっかけがないと記憶を摑まえきれないので、最近ではとくに両親から話を聴くようにしています。小学校時代や中学校時代は何となく覚えていますが、幼少期の頃、物心つく前となると、記憶は急に不鮮明なものとなってしまいます。僕の記憶ではこうだったのだけれども、両親から聴くと全然違っていたり、ある部分は重なっていたり、答え合わせをするようで結構楽しいものです。
 そうした過去の記憶のパズルをはめ込みながら、自身の核となるような世界観がどのように作られてきたのか、あらためて考え直しています。もし全然違った育児方法だったらどのような人間になったのだろうか、と。
 僕という人格に影響を与えたものは多くあると思いますが、幼少期に限定すれば、絵本や児童書はとても大きな存在でした。さまざまな玩具にも触れましたが、その中でもとりわけ僕に影響を与えてきたものです。どうして絵本や児童書が僕に大きな影響を与えることになったのか、あるいは与えたと考えるようになったのか、手探りですが読み解いてみたいと思います。
 まず最初に考えられるのは、物心がつく前から絵本がいつも周りに存在していたことでしょう。僕の父親は小さな書店を営んでおり、幼稚園や保育園とも縁が深かったことから絵本を扱っていました。当然のことながら自宅にも絵本が山のようにあり、いつでも読むことができた。父親としては僕に読んできかせてその反応を見て、他の親御さんにも薦めていたのでしょう。とにかく、絵本は選び放題という、子どもにとっては夢のような環境が整っていました。
 タイトルすべてを列挙することができないくらいお気に入りの絵本は大量にあります。「すてきな三にんぐみ」、「スーホの白い馬」、「どろんこハリー」、「おおきなかぶ」、「ぐりとぐら」。他にもぱっとタイトルを思い出せないだけで、絵本における僕のバイブルはたくさんあります。
 そのような訳で、子育てというイメージで真っ先に思い浮かぶのは、絵本ということになります。それほど身近にあったものであり、実家にはまだボロボロの絵本があるので、その時の感覚を思い起こすのはそう難しくはありません。ただ、絵本に対する見方は以前より大きく変わりました。今度は語り手として、読むことになるのです。僕が大人になるまで新作も多く出ており、それも読んであげるとは思いますが、自分のバイブルを子どもに読むことができるということは何とも言えない幸福な時間と言えるかもしれません。どうやら子どもを持つと、絵本という世界観に熱中する期間が、人生で二度やってくるようです。
 また、かつては無意識的にその良し悪しを捉えていたものが、大人となった今は、言語化できるという楽しみもあります。なぜ幼少の頃、この物語にのめり込んだのか、俯瞰した視点で僕は自分自身を捉え直すことができるような気がしています。
 絵本についてはまたどこかで言葉にしてみたいと思いますが、絵本を読むことについてどうしても書いておきたいことがあります。絵本の素晴らしさとして、豊かな物語に触れるということもさることながら、幼少の頃の僕が楽しみにしていたのは、絵本を読んでもらう場が、両親からの愛情を確かめる場になっていた、ということです。もちろん、その頃はこのように言語化できるものではありませんでしたが、毎晩、好きな絵本を一冊選び、両親が眠る布団の真ん中に入って、時間を独占する。一日の内で唯一許された、いわば母胎回帰のような時間。へその緒で繋がれていた母胎へのやすらかな記憶・感触をいっときでも感じられる。そのような時間がそこでは許されていたのだと思います。
 つまり絵本は僕にとって、血の繋がった肉親であり、最も身近な他者でもある (ゆくゆくは分離していく) 両親と、自分がひとりだちをするまでに繋がりを確認する、媒介のようなものだったのではないかな、といまでは考えるようになっています。その絵本時期が過ぎて、ひとりで児童書を読むようになった時、僕は両親から薦められたアーシュラ・K・ル=グウィンの「ゲド戦記」を愛読するようになりますが、それは師からの旅立ち、自身の片割れである影との対峙など、両親からのゆるやかな分離、自我形成の方法をメタファーとして体験してきたのでしょう。いずれにせよ、自立する上で必要不可欠な、他者との繋がりを信じられる絵本期間(換言すれば自己肯定感を形成する時期とも言えるかもしれません)がなければ、「ゲド戦記」の物語にすっと入っていけなかったような気がします。
 自分の子どもに無理やり同じ絵本を薦めて、同じように好きになってほしいとは思いませんが、同じような環境・時間は整えて、両親から離れてもどこかで繋がりを感じて他者を信じられる、そのような基盤を与えてあげたいと強く思います。mewl magazine では、実際絵本を子どもと読むことで、その反応や僕たち親がどのように受け止めたのか、実際肌で感じながら、絵本・児童書のレビューを続けていくので、何かの参考にしていただければ嬉しく思います。

 
 
 

Text: Arata Sasaki (HP / Instagram)
Drawing: Yoh Komiyama (HP / Instagram)

 

 

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