絵本「字のないはがき」

 「字のないはがき」は、原作 向田邦子さん、文 角田光代さん、絵 西加奈子さんによる絵本です。原作となった向田さんのエッセイは『眠る盃』(1979年 講談社)に所収されたもので、お話に登場するちいさないもうとは、向田さんの一番下の妹だそうです。
 物語は第二次世界大戦によって、日本国土が戦争の標的になり、疎開が多くなされた時期のものです。この頃、向田さんの家族は六人家族だったそうで、都会で空襲が多くなり、たべるものも少なくなった為、いちばん下のちいさないもうとが家族から離れて、そかいすることになりました。字もまだうまく書けないちいさないもうとに、厳格な父親はおおくのはがきを持たせます。ちいさないもうとは最初のうち、大きな「まる」を描いて、はがきを寄越すのですが、その「まる」はどんどん小さく、そして「ばつ」になり、ついにはなにも届かなくなってしまいます──
 「字のないはがき」は、歴史の教科書に出てくるような戦争の大局を描くようなものではなく、ひとつの小さな家族を追っていきます。具体的に、ちいさないもうとの年齢は書かれていませんが、字が書けないということはまだとても小さな子どもであることが見てとれます。親が傍に居てあげなくてはいけない年頃ですし、親もまた格別に気を配らなくてはいけない時期。こうした状況下では、きっと子ども、両親、姉妹、誰もがきりきりと心を痛めたのではないでしょうか。
 そのような感情の吐露をしめすセリフはほとんどありませんが、読み進めていくと、いつの間にか、それぞれの登場人物の感情が読者にも伝染していきます。ベースとなった物語もさることながら、角田光代さんの無駄のないシンプルな文体と、西加奈子さんの戦火の中を生き抜いてやるという強い生命力を持った絵が大きな効果をもたらしているように感じます。
 8月は日本にとってとても特別な月。多くの犠牲者を出して、日本が敗戦した月です。本書のように、戦争が起こって苦しみ、悲しむのは、いつも小さく、力のない人々です。戦争とは何なのか、何をもたらすのか、人類はそこから何を学んだのか、いま、改憲で揺れる日本にとっても意味のある絵本だと思います。ぜひ本書を通じて、子どもと一緒に戦争を考える機会になれば幸いです。
(文 佐々木新)

 
 

絵本「字のないはがき」
原作 向田邦子
文 角田光代
絵 西加奈子
出版 小学館

Leave a Comment