when I was a child 03 – 夫婦のかたち

 何事も体験が大切と言いますが、結婚はひとりの意思で行うことができないし、社会的な責任も伴うので、婚姻関係を結ぶことに僕はとても慎重な態度でした。誤解を恐れずに言えば、独身時代には少しネガティブな印象すら持っていました。自分自身が結婚に向いているかどうか自信がなかったこともあります。ひとりの時間がわりと平気で、しかも、他人からあまり干渉や口出しをして欲しくない性格なので、そもそも結婚生活への資質が限りなく低い人間なのだと、そう思っていました。もしも、彼女が子を宿していなかったのなら、今よりもだいぶ後になってしまったかもしれません。
 僕のような個を優先する人間が結婚すると、どう変わっていくのか、そして妻はどう変わっていくのか、その経緯をこれから現在進行形でお伝えする為に、まず最初に僕たち夫婦の現状をお話ししたいと思います。というのも、子どもを育てる礎として夫婦の在り方をできるだけオープンにしたい、その方が、今後のエッセイで子どもの育児やその向き合い方、関わり方をしっかり伝えることができるだろうと考えたからです。おそらく僕たちは稀な家族のスタートを切っていると思うので、そのような夫婦のかたちもあるのだ、というひとつの例としても。
 今、僕たち夫婦は交際および結婚してから一度も同居をしたことがなく、それぞれの実家で暮らしています。決して仲が悪い訳ではなく、出産するまでの準備期間としてそのような決断をしました。それにはいくつか理由がありますが、ひとつは僕たちが遠距離恋愛からスタートし、東京と岩手で別々に暮らしていていたことが挙げられます。同郷である彼女が妊娠した時、傍にいた方が精神的に落ち着くだろうということを考えて、東京にいた僕が故郷の岩手に戻ることになるのですが、胎児が安定期に入るまで、最終的にどこで暮らすのか決断しにくいということがありました。東京での仕事 (現在も行ったり来たりを繰り返しながら仕事をしている) のこともありますし、パートナーの仕事のこともあり、まずはそれぞれの実家で両親の助けを借りながら様子を見ることがベターだと考えました。また、子どもの将来の為にも、少しでも資金を貯めておきたい、という想いもあります。

 そのような訳で僕たち夫婦は、一度も同棲したことがなく、夫婦になってからもふたりだけの結婚生活という期間がない状態で、いわば、日常生活のふたりの基礎がまだ完璧に築かれる前に、子どもを持つ家族の形へと移行しようとしています。
 そうした夫婦としての関係性が構築されていない中、僕が何よりも大きな衝撃を受けたのは、妊娠を折に、妻が肉体的にも精神的にもバランスを崩し、自身でそれらをコントロールすることが難しくなっていったことです。つわりが始まり、体調が優れなくなって、食事をしても吐く。その状態で仕事をしていたこともあって、どんどん余裕がなくなっていきました。外食しても一口も食べられなくて途中で帰ったり、言葉の揚げ足を取られたり、今までの交際期間の中では一度もなかったことが一気に溢れて、僕に向けられていくようになりました。もちろん、これは僕の意識の欠如、妊娠によって女性がどのように変化するかを理解していなかったことも大きいと思います。つまり、適当な配慮がなされていなかったのです。
 後から知ったことなのですが、妊娠すると、ホルモンバランスが劇的に変化して、思い通りにいかなくなる自身の身体への苛立ちや、子どもを守る為に本能として攻撃的になってしまう (すべての人に当てはまる訳ではないようですが) こともあるようです。その攻撃性の矛先は、どうしても近くにいる配偶者に向かってしまう傾向にあるそうなのです。
 いくら頭の中で、妊娠中の女性の辛さを想像してみても、理解することは難しく、そうした局面にぶちあたると僕は完全に狼狽えることになってしまいました。妻は妊娠する前、そのような態度や、言葉を僕に浴びせたことなどなかったのです。きっと妊娠における肉体的、精神的影響は、想像もできないほど大きなものなのだと思います。
 確かに冷静に考えてみれば、女性の胎内にはひとつの生命が育まれる訳ですから、母体に全く影響を及ぼさない方がおかしい、とも言えるかもしれません。生命を生み出す為には、肉体や精神の均衡を壊すような、論理を超えた爆発的なエネルギーが必要なのだ、とそう捉えるようになりました。
 妊娠や出産を経験した周りの先輩や友人に聴くと、個人差はありますが、誰もが口を揃えて言うのは、その期間に (産後も含めて) どのようにパートナーを支えるかで、その後の結婚生活の良し悪しが決まってくるということでした。そして、それこそ家族の状況、互いの性格、年齢、育った文化的背景によって、ひとつとして同じ解決策というものがない、ということも気づかされました。
 そうした周囲からの学びや気づきによって、僕たちが始めたことは、少しずつ自分たちらしい夫婦のかたちを探していくことです。これは現在進行系のもので、まだ決定的なことではありませんし、子どもが生まれて成長するにつれて、常にアップデートされていくものですが、いずれにせよ、交際していた時には踏み込まなくても良いような、その人のアイデンティティにかかわるところまで少しずつ踏み込み、気をつけてほしいこと、直して欲しいことなどを細かく伝えて、よりよい形を探していっています。夫婦それぞれが持つ触れてはいけないところを知ること、ひいてはパートナーの過去の痛みを知ること、生活の中で何を大切に生きているのか、それぞれの役割や、働き方、将来的な理想像について。
 当然のことながら、これは相手に向き合いながら、鏡の中の自分と向き合っているような形となり、自分の弱さもさらけ出すことになるので、結構辛い作業ではあります。また、お金のルールや価値観のすり合わせをすることも避けては通れません。
 「あくまで僕たちの」という括弧付きですが、あらためてパートナーと向き合う際は、論理的であることは大切ですが、相手がどんなに間違っていようとも、どれほど理不尽でも、真っ向から否定せず、まずは一度受け容れる姿勢が大切だと思っています。下手をすると、相手の培ってきたもの、環境によって積み重ねられたものにも及ぶので、タイミング、言葉選び、伝え方によっては、相手の人格を真っ向から否定することになり、修復不可能な溝を作りうる可能性をも孕んでいると感じます。
 パートナーを理解することが何よりまず最初ですから、言葉や行動の真意がわかるまで、その場で感情的になって反論はしない。ある意見の衝突が起こってから、離れて少し経った頃 (妻からはなるべく早く、できればその場で伝えて欲しいと言われますが)、なるべく柔らかい物言いで (曖昧にすると相手に伝わらないのでなかなか難しいことではあるのですが) 伝えていく。この行為を何度となく繰り返しています。
 安定期に入ってだいぶ落ち着いた妻ですが、これまでの期間で感じたことは、とにかく相談できる人や場が近くにあることへの有り難みです。閉じられた空間でパートナーとしか話せない状況が続いていたら、きっとどちらも疲弊して、言葉すら交わさなくなってしまった可能性もあったのではないかなと。別々で暮らしているというのはここではプラスに働いていたかもしれません。
 そして、僕たち夫婦にとって、子どもが生まれてくるという事実は、お互いが向き合う上で非常に大きなことでした。結婚前、僕は交際相手との関係性を煮詰めて、本質的なところまで洗い出してまでお付き合いをするような人間ではなかったのですが、子どもが生まれてくるという時間的制約がある分、いまは話し合う場が半ば強制的につくられていくような印象を持っています。そうしないと事態は前に進みませんし、どんどん成長する子どもは、当然のことながら、僕たちの議論を待ってはくれません。そのような意味で、子どもは、夫婦を向き合わせる力を確実に持っていますし、夫婦の間に入って繋ぎとめる存在とも言えるかもしれません。子どもという存在がなければ諦めて、話し合ってこなかったことが多々あっただろうなと。
 結婚前よりも確実にぶつかることが増えて、小さくない傷を負ったりもしますが、相手を理解することから得られる学びは、交際していた時よりも格段に深いものですし、人生の価値ある財産のひとつになっていくと思っています。先々のことはわかりませんが、少なくとも、今の僕はそう信じています。妻もそう思っていてくれたらと、ただただそう願うばかりです。

 
 
 

Text: Arata Sasaki (HP / Instagram)
Drawing: Yoh Komiyama (HP / Instagram)

 

 

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