『今日 / Today』

 私には一年に一度くらいのペースで定期的に会う友人がいます。彼とはSNSでもつながっていますが、その場でのやりとりはあまりなく、話したければ実際対面で会うしかありません。彼に会いたい理由は、近況や心境を話すことで鏡のように自分が整理されていくからなのですが、彼の本棚が好きということもあります。部屋に訪れるたびにその本棚からは、インスピレーションを得ることができるのです。
 今回ご紹介する、『今日 Today』は、その友人の本棚で偶然発見した本です。本とはタイミングや、出会い方がとても大切ですから、私はとても幸運だったのでしょう。
 本書は、伊藤比呂美さんが訳した詩と下田昌克さんの絵で構成されていますので、絵本という位置付けになるでしょうか。子どもの為というよりも子育てをする両親や大人のためにつくられており、著者名がない、いわゆる詠人知らずのニュージーランドの詩で、その内容は優しさが溢れています。
 おそらく子育てをしたことがある方なら一度や二度は経験があると思うのですが、子どもの傍にいると予定していたことが全然進まない一日というものがあります。掃除をしたかった、洗濯をしたかった、買い物に行かなければいけなかった、読書や産休明けの仕事のための準備もするべきだった、、、など。そういった「したかった」、あるいは「やらなければいけなかった」ことに対する、できなかった後悔に対して、この詩はやわらかく語りかけてくれます。

 

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな

たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、
いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、
髪のふわふわな、
この子のために
すごく大切なことを
していたんだって
(本文から抜粋)

 

 私は休日くらいしか、子どもと朝から晩までいることはないので、その一部分しかわからないのですが、同じ空間にいる妻をみて、「いかにやれなかったことが多いのか」、と彼女がやるせない気持ちを抱いているのを感じることがあります。妻の場合は、産休明けに向けて新しい仕事の勉強をしていますので、それが停滞している時など特に強く感じるのです。
 私が傍で見ていて思うのは、その時間が娘の成長に確実につながっているという感覚と、それによって芽生える妻に対する感謝の念です。きっと私以上に、娘の成長を楽しみながらも、自身の「やれていないこと」に対する焦燥感を感じているのだと思います。
 そんな妻の焦りや後悔を溶かす魔法のような力がこの絵本にはあります。装丁も美しく、子どもを持つ友人たちの贈り物としても良いかもしれません。きっと読み終える頃には、子育てのプレッシャーから少し解放されているはずです。
(文 佐々木新)

 
 

『今日 Today』
訳 | 伊藤比呂美
画 | 下田昌克
出版社 | 福音館書店
www.fukuinkan.co.jp

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