リアスのうみべ さんてつがゆく

 『リアスのうみべ さんてつがゆく』は、作 宇部京子さんと、絵 さいとうゆきこさんによる、岩手県沿岸にある三陸鉄道 (通称さんてつ) の物語です。
 さんてつは東日本大震災から5日後には早くも一部の路線で運行を再開したことから、震災復興のシンボルの一つとなりました。津波によってあたり一面瓦礫の山と化した沿岸を小さな電車が走っていく。私はその光景を実際見たわけではありませんが、その姿を想像するだけで心が奮い立ってきます。きっとその場で目撃した被災者の誰もが驚き、小さくても頑張って走る、さんてつに大いに勇気をもらったのではないでしょうか。
 ここまで早く運転の再開ができたのは、大きな惨事があったからこそ地元の足になるんだ、という電車を走らせるために尽力した鉄道員の方々の強い意思と努力があったからこそですが、本作は、そうした人知れず陰で頑張ってきた人々の姿がしっかり描かれていて、そこがまず素晴らしいと思いました。
 その「はじめの一歩」から、少しずつ瓦礫がなくなり、はらっぱとなって、路線がどんどんと繋がっていく光景が本作では映し出されていきます。全編通して読んでみて、どこか疾走感がありながら、どこか時が止まってしまったような、不思議な読書体験だったのですが、確かなのは、さんてつの繋がりが人々の心の繋がりまでもあらわしているようで、不思議な力を与えてもらったこと。路線が繋がり、世界が繋がって、人も繋がっていく。とてもポジティブなメッセージを受け取りました。
 個人的にとても好きなシーンがあります。それははらっぱを歩きながら回想していくシーン。昔あった豆腐屋や、魚屋、賑やかな声。みえないけれども、やさしい時間があったことを、海から流れてくる風と共に思い出していく。私はこのシーンを読んで、震災後、陸前高田に行って、海を眼前に黙祷した時のことをふと思い出しました。その時の海はとても穏やかで、光が海面の上をきらきらと踊っていました。生と死を同時に強く感じたからでしょうか。何気ない日常生活が眩しく見えるような、亡くなった方々の分もしっかり生きなければという強い想いが沸き上がってきたのをふと思い出すことになりました。
 もちろん、震災がテーマの本ですので、立場によって感じ方が変わってくるかと思いますが、宇部 京子さんの飾らない方言によることばと、さいとうゆきこさんによる柔らかいタッチの絵が、多くの方に、ポジティブな新しい未来の世界を想像させてくれるように思います。『さんてつ』の「はじめの一歩」から広がっていく世界。ぜひお子さんと一緒に読んでみてください。
(文 / mewl編集長 佐々木 新)

 
 

リアスのうみべ さんてつがゆく
宇部 京子 作
さいとう ゆきこ
ISBN 9784265830923
A4変・32ページ

Leave a Comment