娘が生まれてから絵本を数十年ぶりに熱心に読むようになって気づいたことがあります。それは幼少期に読んだことがある絵本には、当時の記憶が眠っているということ。この絵本は両親の布団の中で読んでもらったなとか、この絵本は幼稚園の先生に読んでもらったとか、これは親戚の家でこっそり読んだとか、そういった記憶です。そこには、その時の情景や音(読んでくれた大人の声)、匂いと言った空間を醸成する空気感まで忍び込んでいるときがあって、懐かしくも微笑ましい感情になります。体験することすべてが目新しい幼児期に経験することだからこそ、鮮明に覚えているのでしょうね。きっと環境によって、あるいは出会い方によって、その絵本に紐付けされる記憶もひとぞれぞれなので、様々な方と一つの絵本にまつわる記憶を話してみたいと思いました。
長野県の老舗書店「今井書店」の店主 高村志保さんが書き下ろしたエッセイ『絵本のなかへ帰る』は、まさに絵本に紐付けされた幼少期の記憶を綴った書籍です。絵本の紹介が書かれていますが、よく見かけるレビューの類ではなく、高村さん自身がどのように絵本と出会い、その時、どのような環境で、どのような想いで読んでいたのかを実直に下心も隠さず書いています。一読者である私も、その絵本に出会ったときの記憶が蘇るという連鎖反応が起こったことが面白く感じました。
最近では、読書感想文が書けない(あらすじのようなものになってしまう)、という子どもが増えていると聞きますが、「自分にとってその本がどのような意味を持つのか」ということを大切にすれば良いのだ、ということを本書は示しているように思います。そこに正解はないし、他人と比べる必要もなく、自分だけの体験を素直に書き、自分なりの発見する。そのような絵本を通じての体験が描かれているように感じられました。
本書のタイトルが『絵本のなかへ帰る』であるのは、大人となった高村志保さんが、自身を形成する原点 (言葉をかえれば原体験) に回帰し、何を大切に生きてきたのかをもう一度見つめ直す旅、という意味が込められているのでしょう。私もそっと胸に手をあてて思い返してみると、現在の自分を形成する原点は幼少期の記憶に繋がっているものが多いと感じます。ひとりで森に入って帰れなくなって恐怖心を覚えたこと、両親のぬくもりを感じたくて真夜中に布団に潜り込んだこと、早朝友人たちと集まって虫取りに出かけたこと、その経験の端々でかけられた言葉。そして、それらと同じくらい大切な、絵本を通じて体験した物語世界の数々。私を形成しているのは、このような記憶であり、子どもを持ったいま、娘と一緒に絵本を読むことを通じて、幼少期の鮮やかな世界へ再び足を踏み入れています。
(文 / mewl 編集長 佐々木 新)