へいわとせんそう

 このテキストを書いている現在、ロシアがウクライナに軍事侵攻し、一度目の協議が終わりました。ロシアがウクライナ近郊に軍を配備し、緊張が高まっているというニュースを見聞きした時は、まさか最悪のシナリオとして第三次世界大戦までをも引き起こす可能性を持った侵攻 (侵略という言葉でもよいくらいですが) をするとは想像もできませんでした。
 なぜロシアが強行とも言える軍事行動に出たのか、素人ながら情報を集めてみると、どうやら歴史的に複雑な背景があるようです。彼らがいかにヨーロッパの西側や米国に対して恐れを抱いているのか、理屈としては理解できます (ナチスドイツによるロシア侵攻、緩衝国が西側についてしまう恐怖)。しかし、有無も言わせず、軍事侵攻をすることにはやはり断固として反対です。
 予断を許さない状況がしばらく続く中、ウクライナの人々のこと、これからの未来のことを思うと、何とも言い表すことができない悲しみや不安に襲われます。全世界的に (一部の国は除くとしても大半の国)、持続可能な未来を考え、武力による侵攻やましてや戦争に発展するものは虚しいものだという意識で未来に進んでいる、という認識が正直揺るがされた想いです。
 私や私の両親の世代、そして、私たちの子どもたちは戦争というものを直接体験していない世代です。もちろん、世界ではいまだに紛争や暴力が日常的に起こっている地域がありますが、日本の一般市民である私たちの傍には戦争はどこか遠いものでした。しかし、ロシアや中国などのいわゆる隣国が、軍事侵攻を始める意思がある場合、関係ない、ではすみません。どこか、そのようなことはある筈ない、という前提で生きてきましたが、今回のウクライナへの軍事侵攻は、まさに現実を見せつけられたような想いです。
 私の両親は非暴力/不服従を信望して生きてきた人たちです。私の中にもこの血が流れていますが、だからこそ、今回のロシアによる侵攻は身体の一部がもぎ取られたような感覚があります。まだひとり身であるときはよかったのですが、戦争によって自分の家族、子どもの生命が曝されるようになったら。無抵抗でいること、戦わないという行為は人として美しいと思うと同時に、大切な人を守ることができるのか、それが正しいことなのか正直わからなくなります。家族を持っている人、お子さんを持つ人は、いったい今どのように感じているのだろう?
 また、今回の事態で、自国の利益を優先するという合理主義が世界各国のスタンダードになった、ということにも心を痛めています。すでにロシアによるクリミア併合や、アメリカ合衆国の他国への軍事介入の撤退など、2010年代から加速度的に顕著になっていたものの、今回でかなり明確になったのではないでしょうか。この流れは、人と人のつながりが薄くなって、経済優先となった私たちの意識のあり方にもつながっているようで嘆かわしく思います。
 自分の中でさまざまな想いが交錯して、なかなかまとめることができませんが、ひとつ明瞭な意志として、決意として書き残しおきたいことがあります。それは、子どもたちに、どのような理由があるにせよ、強引に武力 (あるいは単純に強い力) で相手をねじ伏せることがいかに醜悪であるかということを伝えていきたいということです。
 私も戦争を直接体験したことはありませんが、映画や本を通じて、その悲惨さや愚かさを学びました。そして、平和というものの尊さも。凄惨な出来事を描いた戦争に向き合うことは苦しいことでもあります。初めてヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を読んだのは中学生ときだったと記憶していますが、数週間、頭にこびりついて、人間というものがいかに恐ろしい生き物まで堕ちることができるかを知りました。しかし、歴史、過去から学び、未来に活かしていく為にも、逃げてはいけないことだと思っています。
 紹介したい、戦争や平和にまつわる本や映画はたくさんありますが、谷川俊太郎さんと Noritake さんによる『へいわとせんそう』は、子どもたちに、大きな概念としての平和や戦争というものを共有できる絵本です。過去人類が行ってきた酷い戦争という事実は、ある程度の年齢で知らなれければいけないことだと思いますが、やはり、小さな子どもに知らせるのは酷なこと。やはり、然るべき時期、心の成長に見合った伝え方をしなければいけないと思います。その点、『へいわとせんそう』は、平和って何だろう、戦争って何だろう、という根本を直感的に (直線描写などの直接的な表現ではない) 伝えやすい、内容の貴重な絵本だと思います。

 

 Noritakeさんのシンプルなイラストレーションと谷川俊太郎さんの鋭いことばが心にすっと入ってきます。

 

 戦争が終わって平和になるんじゃない
 平和な毎日に戦争が侵入してくるんだ
 谷川俊太郎

 

(書評文 | mewl 佐々木新)

 
 

『へいわとせんそう』
出版|ブロンズ新社

たにかわしゅんたろう
谷川俊太郎。1931年東京生まれ。詩人。21歳で第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。以来数々の賞を受賞し、幅広く活躍する日本を代表する詩人

Noritake
1978年兵庫県生まれ。イラストレーター。モノクロームのドローイングを中心に、広告、書籍、雑誌、ファッション、プロダクト制作など国内外で活躍。デザイン、ディレクション、作家活動もおこなう

Leave a Comment