ある家族からのおたより – 自然から受け取ること

 私たち mewl マガジンにお便りが届きました。ご本人に許可をもらい記事としてご紹介します。また、みなさまから、子育ての楽しみや悩み、家族の中で起こった不思議なエピソード、幼少の頃の話など、家族にまつわるお便りを募集しています。お名前は匿名でも構いません。尚、送っていただいたお便りを採用させていただいた(記事として掲載させていただいた)場合、2000円分の図書カードをお贈りいたします。

(北海道 ムクドリ)
 初めまして。私たち親子は北海道の山と海、草原が広がる小さな村で暮らしていました。夫とは、息子が小さい頃に離婚して、長いあいだ息子との二人暮らしです。息子は小さな頃から自然の中でのびのびと過ごしました。隣家まで遠いこともあり、一人遊びが圧倒的に多く、遊び相手がいたとしても馬や羊など動物たちです。そのせいか、人と競争する、というような意識が弱く、のんびりとした、感受性の強い子どもでした。きっとそうした性格のせいか、高校に通い出したあたりから、人間関係で苦労したようです。それでも高校を卒業して、札幌のとある中小企業の営業として就職しました。
 就職して一、二年は覚えることが多く、朝から深夜まで働きづめだったようです。頻繁に連絡はありませんでしたが、たまに都会での生活を報告する手紙をもらいました。様子が変わったのは確か三年目のこと。急に連絡が来なくなりました。そして、その年の終わり頃に、何の相談もなく、実家である私の家に戻ってきました。「会社に行けなくなった」と息子は一言発して、口を噤んで、それ以上教えてくれませんでした。数ヶ月後に分かったことですが、鬱病と診断されたことが原因だったようです。
 それから、彼の現在の職業である、山岳ガイドになるまで、息子とは約5年間くらい同居することになりました。その間、私はずいぶん葛藤しました。社会から息子を守りたいという感情と独り立ちさせたいという感情がぶつかっていたのです。
 結局、彼は、自然に触れた職業を得るために海外へ羽ばたくことになるのですが、それまでの間、私が固く決めていたことがありました。それは、彼の未来に一切口出しをするまいと決めたことです。そう決めたのは、息子が小さな頃、傷ついた鳥を家に持ち帰り、手当して数日間見守っていたことを思い出したからでした。とても辛抱強く、傷ついた鳥を見守っていた息子の姿が強烈に記憶に焼き付けられていました。息子は社会で受けた傷を癒しに来ただけで、いずれまた自分の力で飛び立つだろうと私は思ったのです。
 1年くらい前ですが、当時のことを息子に聞きました。その話の中で印象深かったのが、彼が物事を決める時、人の言葉によってではなく、自然の中からその答えを受け取るようにしている、と言ったことです。その時見た空の色や、海に反射する光、鳥の羽ばたきといった、小さな頃から馴染んできた、身の回りで起こる些細な自然風景の変化で心が定まっていく、とそう話したのです。
 私も人生の中でたくさんの選択、選ぶ際の辛い決断をしてきました。その選択が正しかったのか、すぐにわかるものもありますし、なかには数十年かけても答えが出ないものもあります。息子を育てて分かったことは、子育てとはとても長い時間をかけて実のなるものだということ。もちろん、息子の育て方が正しかった、と主張するつもりはありませんが、私自身、彼が何か大事なことを決断するとき、安易に流布されているようなことに飛び付かずに、自然に回帰して、つまり彼の人格を作り上げた幼少期に帰ってゆっくり見つめ直すことができることに誇りを感じました。それが、私の母から学んだことだからなおさら嬉しいのです。

 

 

本記事は読者さんから送っていただいたテキストを元に、誤字の訂正や読みやすさを考慮して改行などを加えています。また、写真は編集部で選んだイメージとなります。

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