完璧になれない。だからいい

 『完璧になれない。だからいい』は、韓国の僧侶、教師、作家であるヘミン・スニムさんのエッセイを集めたメッセージブックです。テーマはタイトルにあるように「完璧ではない自分を愛しましょう」というもの。人にとってとても大切な心のあり方のヒントが散りばめられています。
 ヘミン・スニムさんは仏教学の教鞭をとる僧侶なのですが、ソウルに「The School for Broken Hearts」というスクールを開講し、宗教の枠を超えて(他の宗教の信者や無宗教の人でも)、恋愛、結婚・離婚、病気、孤独、家族崩壊などを中心に苦しんでいる人々を助ける活動を行ってきた人。最近では、SNSを通じて、インターネット空間でも優しくも力強い言葉を投げかけています。
 そんなヘミン・スニムさんの二作目となる本書『完璧になれない。だからいい』は、他人との比較や、過度な競争に晒される現代人に向けて、完璧主義からくる弊害や傷付いて自分を責めたくなった時にどのような心持ちでいることが大切なのかを優しい言葉で伝えている内容です。日本と同じように (あるいはそれ以上に) 過酷な競争社会、学歴社会である韓国で、若者を中心に支持を受けていると聞きましたが、読んでみてすっと腑に落ちた感覚です。
 本書は、「大切な自分」、「家族」、「思いやり」、「人間関係」、「勇気」、「癒し」、「自由」、「受け入れること」の8つのテーマで構成されています。自分を責めたくなったとき、家族との関係にヒビが入り修復が難しいとき、他人に対して攻撃的になったとき、人間関係で失望したとき、挫折を味わったとき、誰かを許すことができないとき、憂鬱なとき、心の居場所がどこかわからなくなったとき、などさまざまな理由で生きづらさを感じている人に向けて、ヘミン・スニムさんの言葉が投げかけれていきます。
 私が読んでまず最初に感じたことは、ヘミンさんの言葉は水のような浸透力 (本の装丁や本書のデザインのキーカラーが「青」であることもそのことを意識させるのかもしれません) があるということでした。翻訳を担当された、おおせこのりこさんが素晴らしい言葉を選んでいることも大きいと思いますが、抵抗感なく、言葉や意味が身体の隅々まで滲みっていっていく感覚になりました。
 内容としてはどこかアドラー心理学に通じるものを感じました。人と比べない、周りの期待に答えることを考えずに第一に自分を大切に生きるという自己肯定感のあり方が近しいのかもしれません。こうした自分を愛するということが本書のテーマの一つではありますが、個人的には家族の章がとても共感する言葉に溢れていました。きっと私自身、新しい家族ができたせいかもしれません。子どもを育てること、母親、父親、兄弟に対する想い。きっと人生のさまざまなフェーズで響く言葉が違って来るかもしれませんが、中でも私に響いた言葉を紹介します。

 

「同じ木から生えた枝でも
大きく成長してたくさんの実をつける枝と
成長できずに小さな実しかつけられない枝があります。
大きな枝は、小さな枝からたくさん栄養をもらえたから
立派に成長できたのかもしれません。
これは人間の兄弟にも言えることです。
ひとりが自立していて
もうひとりが自立できずに家族に養ってもらっていたら
自立しているほうは、自分が稼いだものを
横取りされているように感じるかもしれません。
でも今日の成功があるのは
もしかしたら、もうひとりのきょうだいが
陰で支えてくれていたおかげかもしれないのです。
そのことを考えればきっと不公平には思わないでしょう」

 

 このメッセージでは兄弟がモティーフになっていますが、これは何もその関係だけとは限らないと感じました。妻や娘、友人や仕事仲間、さまざまな隣人に対して当てはまる言葉だなと思い、「はっ」としたのです。直接的な当該者ではないですが、そんな言葉に溢れています。
 最後に、言葉に添えられたリスク・フェンさんのイラストが実に素晴らしいということも付け加えておきたいです。おそらく心象風景としての絵なのですが、抽象度が高く、自分がかつてどこかで見た風景として重なる感覚がありました。小さな頃、あるいは青年期に傷つきながら見た風景とでも言えるでしょうか。
 『完璧になれない。だからいい』は、さまざまな境遇、状況に置かれた人々に対して書かれた内容なので、きっと感じ方は多様にひらかれていると思います。本棚に忍ばせておき、生きていく中で辛い思いをしたり、悩んでいるときに、ふと手にとってページを繰り、ヘミンさんの優しく穏やかな言葉たちに出会ってまた前を向いて進んでいく、そんな本です。ぜひ多くの人に読んでいただきたいです。
(文 佐々木新)

 
 

完璧になれない。だからいい ―心が軽くなるヘミン和尚のことば―
著 | ヘミン・スニム
訳 | おおせこ のりこ
絵 | リスク・フェン
定価 | 1870円(本体価格1700円)
ヘミン・スニム
1973年生まれ。韓国の僧侶、教師、作家。アメリカのバークレー大学、ハーバード大学、プリンストン大学で学んだのち、韓国に戻って修行をし、マサチューセッツにあるハンプシャーカレッジで仏教学の教鞭をとる。ソウルに開校した「The School for Broken Hearts」は恋愛、結婚・離婚、病気、孤独、家族崩壊など、今の時代を生きるうえで困難を感じている人たちのためのスクールで、宗教に関係なく誰でも参加でき、教師や心理学者が集まってサポートしている。第一作の『The Things You Can See Only When You Slow Down』は世界で30以上もの言語に翻訳されている。世界でもっとも影響力のある禅僧のひとりであり、SNSのフォロワーは世界中で150万人以上。
www.haeminsunim.com
おおせこ のりこ
1974年千葉県生まれ。青山学院大学卒業。2000年にベルギーで現地法人を立ち上げ、雑貨輸出入業、絵本翻訳、B&B経営、アロマセラピー、テレビ番組出演&コーディネートなど多岐にわたるビジネスを展開。フランス人絵本作家アラン・グレのイラストの独占ライセンスを保有。2018年に帰国。ゼロからの再出発など多くの困難を乗りこえた自身の経験を生かし、心に優しく寄り添うコーチング、自営業者向けのコンサルティングなども行っている。訳書に『アラン・グレのメッセージブック』(アノニマ・スタジオ)ほか。
ricobel.com

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