あらたな生命を授かる

 子どもがいるせいか、年齢のせいかわかりませんが、一日一日がとても短く感じて光のように月日が過ぎ去っていきます。昨年、三人と一匹でのあらたな暮らしが始まったかと思えば、いつの間にか後二ヶ月でもうすぐ一年が経過しようとしています。最初はハイハイもできず仰向けで寝てばかりいた娘も、今では自分の足で立ち、歩き、走り、短い覚えたての言葉を発して意思をしっかり伝えてきます。それだけではありません。東京から故郷である岩手に戻って、気づいたら子どもの成長を一緒に見守ってくれる気の置けない友人や知人が私たち家族の周りに増えてきています。『子どもは私たち大人のガイドになる』という言葉を信じて、東京から飛び出してきましたが、まさにその言葉通りの日々をおくっています。
 そうした慌ただしくも平穏な暮らしの中で、昨年9月末頃、妻にあらたな生命が宿っていることがわかりました。あまりに突然のことで私たちも驚きました。というのも、ようやく娘の緑の子育てに安定感が生まれ、将来の計画も夫婦で話し始めていた頃だったからです。しかし、その後の適応は意外にも早いものでした。その一報を聞かされてから、決意を固めるまであまり時間を要さなかったのです。
 それはおそらく第一子である緑の子育ての経験があったおかげだと思います。正直なことを告白すると、この一年間を振り返ると、緑を育てることで苦労も多いものでした(おそらく妻は私よりも何倍も多かったでしょう)。思うように寝てくれなくて自分たちの時間が満足に取れなかったり、部屋が散らかされたり、大事な本を破られたり、顔を引っ掻かれたり、あるいはそうしたストレスから夫婦の中で苛立ちをぶつけ合ったりして必ずしも全てが順風満帆だったわけではありません。しかし、それを上回る以上に娘からは多くのものを与えられた感覚があります。
 娘を抱いたときの柔らかさや暖かさ、大人の真似をしたり、一緒に絵本を読んだり、食事をしたり、あれだけ騒いでいたのに急に静かな寝息を立てて眠る姿を見たり、緑の一日の行動や表情を彼女が寝静まった後に妻と話して笑い合ったり。そんなごくごくシンプルなもので一日が埋まっていくこと。それらは子育てにおける苦労よりも遥かに大きな恵みとして、私たち夫婦の中で共有されています。それくらい、緑の存在、緑と一緒に過ごした一年は大きなことであり、あらたな生命を産み、育てるという決心に繋がっていきました。
 二年前には考えられなかったことですが、すべてが順調にいけば今年の6月に出産という流れとなり、私たちは二人の子どもの父親、母親となり、寒い雪国の岩手で子育てをしていくことになります。
 そうした思いがけない環境の変化もさることながら、今、二人の子どもたちを育てるという立場になったことで、時間に対する考えかたも大きく様変わりしているように思います。独身の時は、せいぜい自分の寿命約80年という時間の尺度でしかリアルに時間というものを捉えられませんでしたが、今は子どもたちが生きる次世代の年数も入れて、ざっと160年後のことも自分ごとのように考えるようになりました。あまりネガティブなことは書きたくはありませんが、現在の日本は、人口動態というデータをとっても、(世界の中の日本という)社会情勢を見ても決して明るいとは言えません。きっと子育てをしている方の多くも、この先、子どもたちの未来に何かしらの不安を抱いているのではないでしょうか。
 そのような不安も影響を与えているとは思うのですが、第二子の名前は男女どちらが生まれてきても、「青(あお)」にしようと思っています。地球という惑星を構成する色、「樹=緑」と「海=青」を象徴しているのと同時に、色の相関図(光の三原色)では「緑」の補色として「青」があり、二人の姉弟、あるいは姉妹が争うことなく、調和、補いあって欲しいという願いが込められています。第一子の「緑」は正直、名を付けるのが難航したのですが、今回は夫婦共に腑に落ちるのが早く非常にすんなり決定しました。きっと「緑」という家族の中での土台があったから考えやすかったのでしょう。
 「緑」と「青」が大人になって、私たち夫婦がもうこの世界からいなくなってしまったときのことを考えると、先行きが不透明な世界に放り出すようで親として責任感を感じることがあります。そのせいなのでしょう。どうしても楽観主義になりきれない私は不安の方が多いだけに、子育てという目の前の課題と共に、どのような世界を子どもたちに残していくか、という大きな問題にも応えていきたいという想いが強くなってきています。自分には何ができるのか未だ明確な答えはありませんが、いずれにせよ、一日一日を子どもたちと楽しみながら、やるべき仕事をコツコツ積み上げていきたい。そんなことを想いながら真っ白となった雪国の中で、私たちはあらたな誕生を心待ちに暮らしています。
(文 佐々木 新)

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