いぬ

 私も妻も愛犬家ということもあるのかもしれませんが、子どもたちふたりもいぬが大好きです。家族で公園を歩いていると散歩中の犬によく遭遇するのですが、積極的に近寄って触れたがります。長男の青に至っては飼い主さんに許可をとる前に半ば強引に突き進むくらいに 笑。
 数年前に愛犬が天国に旅立ってから、日常的には犬との深い関係性が断ち切られてしまった我が家では、家族団欒の時間には「犬を飼いたいね」などの話題が出ることがありますが、私が最後には反対表明を出します。まだ旅立った愛犬に対する喪に服す期間が終えていないと感じていること (一緒にいた時間で後悔の念が完全に払拭できない)、そして何より、子どもたちがまだ幼くて手がかかるので、単純に余裕がないことが大きいのかもしれません。
 それでも子どもたちは以前にも増して、「犬を飼って」と訴えることが多くなりました。特に母親の誕生日には、 (子どもたちから)「犬」がふさわしいのではと提案されます。子どもたちよ、犬を愛しているからこそ、そして、それ故に訪れる、別れという大きな痛みを知っているからなかなか踏み出せないのだよ。
 ショーン・タン 著、岸本 佐知子 訳の『いぬ』は、そんな私の心持ちを表現してくれるような素晴らしい絵本です。『アライバル』や『遠い町から来た話』など発表してきたショーン・タンはどこかおどろおどろしさを持つ不穏な空気感を描くのが得意ですが、本作でもその力は如何なく発揮されています。いぬとの別れ、そしてその別れのあいだの長い時を表すのにふさわしい孤独が多くのページに収められています。お互い背中を向け合い、両者が隔てられた空間が数ページに渡り描かれている。いぬと一緒に過ごした時間は美しくも短い、ということを暗に示すかのように、穏やかで楽しい黄金の時間に割くページはわずか1ページ。別れてからのページが圧倒的に多いのです。
 私もかつて飼っていた愛犬との記憶を掘り起こすと、犬にしてしまった後悔の方が大きいような気がします。食事を忘れてしまったこと、仕事やプライベートを優先させて散歩に連れていかなったこと。寂しげに泣く愛犬の姿をどうしても思い起こしてしまいます。だからこそ、本書に描かれている別れてからの断絶の時間というものが強く心を揺さぶるのかもしれません。
 本書はラスト数ページで、人といぬがお互い振り返って再会を果たします。きっと我が家にもまたいぬが戻ってくる。まだ少し先だと思いますが、そんな期待や予感を感じさせてくれる『いぬ』。一度でもいぬを飼ったことがある人や、いぬや動物が好きな人に、ぜひ子どもたちと一緒に読んでいただきたい一冊です。

 

(書評文 | mewl 佐々木新)

 
 

『いぬ』
ショーン・タン 著
岸本 佐知子 訳

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