書籍「岸辺のヤービ」

 「岸辺のヤービ」は、梨木香歩さん 作、小沢さかえさん 画 の作品です。本書は大きな人(私たち人間のこと)の世界とは異なるけれども、陸続きになった小さな世界に住む、クーイ族という生き物が中心となった物語で、大きな人が(ミルクキャンディーをあげたことで仲良くなったヤービから)彼らの生活を覘き見るような、彼らから聞いた話をまとめて書籍にしたという構成になっています。
 物語において語り口は、その世界をどのように読書に受け止めてもらうか、というとても大切な要素だと思いますが、本書は、まるで神さまの視点で私たちを包み込むような文体となっています。少し具体的に書くと、筆者である「私」の語り口調で始まるのですが、継ぎ目がゆるやかに三人称となり、小さなものたちへの世界を大切に見守っている視点として描かれていきます。言葉選びも繊細で、子どもにとっても、柔らかく美しい言葉に出会うことができるでしょう。
 この世界では、子どもの視点、大人たちが忘却してしまった疑問というものが大切に描かれています。ひとつ例を挙げるとすれば、主人公の友人に拒食症のような症状が出て、食事ができなくなるのですが、その理由が、動物などの命を奪って食品ができあがっていることにショックを受けてしまったから。
 私も小さな頃、食事をする前、なぜ『いただきます』と言うのか疑問に思って、両親に聞いたことがあり、生物が屠殺されて、自分たちの栄養になっていることを知って、少なからず、衝撃を受けたことを思い出しました。私の弟も当時、豚肉や鶏肉などを一時食べられなくなりました。それもその筈、私たち兄弟は、絵本に出てくる豚や鳥をとても身近な生物として、会話を交わすものとして捉えていたのです。
 結局、ポリッジという完全食──蜂の子の脱皮したぬけがらを使用したもの──によって、主人公の友人は食欲を取り戻すのですが、私は、彼らの暮らしを虫眼鏡のようなもので覗き、小さな頃の世界への視点が蘇ってくる感覚となりました。この感覚は、「岸辺のヤービ」の世界観すべてに通底するもので、きっと大人でも懐かしい心持ちになるでしょう。小さな頃、空から地上を眺めた感覚、病気になってしまった友人を心配する感覚、母親がどこかに行ってしまって不安な感覚。
 構成として巧みなのは、小さな人と大きな人、ふたつの視点で描かれていることでしょう。これは大人と子どもの世界が重なり合うと捉えてみても良いかもしれません。大人で言えば、子どもをあたたかく見守る視点、子どもとしてはその世界に没入し、そこから広がるより広大な大人の世界を漠然と垣間見る視点。絵本ではないので、児童図書という括りになると思いますが、ちょうど絵本から少し離れて、文字だけの世界に移るといった幼児と大人の狭間、その視点の重なりを楽しめる文学作品と言えると思います。

(文 : 佐々木新)

 
 

「岸辺のヤービ」
作 梨木香歩
画 小沢さかえ
出版 福音館

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