かさ

 大人になってから雨が続くと気持ちが落ち込んだりするようになったが、幼少期はむしろ雨が好きだった。もちろん、遠足や運動会などのイベントごとがあると降らないで欲しいと願ったが、平常時の雨は大歓迎。何で雨が好きになったかというと、おそらく両親が長靴と傘を買ってくれたからだろう。長靴も傘も綺麗な青色だったが、その二つがあれば、水溜りにも臆さず、自ら喜んで入って遊んでいた記憶がある。購入したての頃はむしろ雨が降る日を心待ちにしてさえいた。
 そうした原体験があるせいか、雨用のグッズを揃えるのは今でも好きである。特に傘は、やも負えない時以外は安いビニール傘はなるべく使用せず、結構値が張る、お気に入りの傘を二本持っていたりする。お気に入りの傘をさしている時は、守られているような感覚になって (昨今のゲリラ豪雨は流石に難しいが)、幼少期に還るような気さえする。
 強風の時、パラシュートのようにして、数秒間空中に浮き上がって遊んだり、傘を逆さにして雨水を溜めてみたり、友人たちと独自の遊びをしたことも記憶に蘇る。もちろん傘にまつわる悲しい記憶もある。傘の悲劇は何と言っても盗難だ。幼少期に購入してもらったお気に入りの青い傘は、名前が書いてあったにも関わらず盗まれてしまった (その経験もあってお気に入りの一本は折り畳み傘にして持ち歩くようになった)。それから強風に煽られて、骨の部分が破壊されてしまったことも悲しい記憶だ。
 文研出版から出版されている『かさ』は、幼少期の雨の体験を思い出されてくれる絵本。テキストは一切書かれず、淡々と物語が進んでいく。内容もとてもシンプルなもので、雨の日、少女が自分の傘をさし、大人用の傘を一本持って、駅まで父親を迎えにいくというもの。雨の日の静かなまちの様子や道中の少女の心情が、言葉がないぶんすっと読者の心に描きやすいような構成になっている。全体が白黒で少女の傘だけが赤色というのも演出として効いていて、彼女の雨に対する心の有り様がよくあらわれている。読み進めると、幼少期の雨の日の記憶が心に流れてくるようだ。
 こうして『かさ』の絵本を読み、幼少期の傘にまつわる記憶を逡巡しながら思い出したことがある。学校で傘が盗まれた日、私はそれほど親しくない、普段はひとりでいるような同じクラスの同級生の傘に入れてもらって一緒に帰った記憶がある。その男の子の家は同じ方角ではなく、彼にしてみれば遠回りだったはずだ。その後、その同級生とは数度家を行ったり来たりして遊ぶようになったが、確か、その学期の終わりに彼が転校して、それきり友情をあたためることはできなかった。同じクラスとはいえ交流がなかった彼。偶然、傘によって接点が生まれたわけだが、彼の転校がなかったら私たちはかけがえのない友人になり得ていただろうか。雨と一緒流されていた記憶をすくってみたい。
(書評文 | mewl 佐々木新)

 
 

『かさ』

著者 | 太田 大八
出版社‏‎ | 文研出版

Leave a Comment