しろとくろ

 私は小さな頃から物語の舞台を遠くから眺めることができる風景画 (遠景) に魅入ってしまうという癖があります。たとえば『ライオンとねずみ』の見返しにあらわれるジャングルの遠景。多くの動物がいて、一つずつその様子を見ていくと、本書では語られることがなかったさまざまな物語が垣間見えてきます。メインキャラクターだけでなく、背景として描かれる動物が細部まで緻密に描かれているからこそ、「探す、発見する」という楽しみを得ることができているのだと思います。そのような意味では、森の中でのかくれんぼ(異化との同化)をする物語『もりのかくれんぼう』を読んだ時の楽しさにも通じるものがありますね。
 “絵本は100年越しの手紙”というコンセプトで創作を続けたきた絵本作家 きくちきちさんの作品『しろとくろ』にも、開いた瞬間に私を虜にする、遠景の美しい一枚の絵があります。それは見返しに描かれた絵で色彩豊かな草むらが広がっているもの。その圧倒的な色彩の美しさ、そして強さに目を奪われていると、少しずつその草むらに主人公たちである猫の「しろ」と犬の「くろ」、そして、虫やカエルなどが潜んでいるのが見えてきます。
 カバー袖に書かれているテキスト「かぜが ふうっと なでてくれた」を読むと、情景が頭の中で舞い始めて、草むらに優しい風が吹き込んでくる構成も実に巧みです。まさに絵本の中で生命が立ち上がる瞬間と言えるかもしれません。
 以前レビューをしたきくちきちさんの作品『もみじのてがみ』でも感じたことですが、きくちきちさんの作品の素晴らしさは、絵本の中の登場人物にちゃんと生命が宿っているということだと思います。ただ絵が描かれているという訳ではなく、絵本の中でちゃんと息をして、ものを考え、感情を持って行動している。きっと言葉で論理的に情景を動かしているのではなく、絵が先にあり、だからこそ生命が自然に宿っているように見えるのではないでしょうか。
 私は『しろとくろ』の見返しの絵で一瞬にして本作の虜になりましたが、それに負けずと劣らず魅力的なのが星空の情景です。このシーンは「くろ」が帰って、「しろ」が惜別の念を募らせる場面ですが、夜の空には、心とは裏腹に希望を感じさせる、色彩豊かな星がまたたいています。黄色だけでなく、赤や紫など、色彩の力強さがここでも群を抜いて美しいのです。
 絵本の魅力として、物語の完成度や言葉の素晴らしさを挙げる人もいるかもしれませんが、本書『しろとくろ』は、やはり絵の強さや美しさが特長となっていると思います。物語の舞台が読み取れる遠景もあるので、冒頭に挙げた、「探す、発見する」ということも楽しめる一冊でもあります。
(書評文 | mewl 佐々木新)

 
 

『しろとくろ』
著者 | きくち ちき
出版社 | 講談社

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